人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

何を教えるか、どう成長させるか

最近知り合った人が、小生が合気道を続けていることを踏まえて教えてくれたことがある。

その人も近所の合気道の道場に通ってみたのだが、お爺ちゃん先生に二ヶ月間ひたすら受け身を取らされて、辛すぎて辞めたのだと。

 

あぁ、さもありなん、と残念な気持ちになる。

きっとあれをやらされたんだなと何となく想像はつくし、その先生が何を思ったのか、わからないでもないが、そりゃ辞めるよねと、その話を明かしてくれた人に同情する。

 

合気道は入門したら、まあ受け身はやるとしても、あとは本部道場が定めた審査規定に則り、基本技と言われるものから順番に覚えていくことになるのが一般的なはず。

ただ、それ以外の練習については、その道場の先生の自由に任されていると言ってもいい。

 

残念ながら、一人一人の入門者が何を考え、何処を目指しているのかを汲み取り、それに寄り添って指導をしてくれる先生というのは、知る限り多くはない。

元々は武道の世界がサービス業ではなく、「選ばれた師匠が選ばれた弟子に選ばれた技を教える(合気道開祖の言葉)」世界だからだ。

 

それがさらに時代を降り、今や全てにおいて「本当に選ばれてるのか?」という事態になっているんじゃないかと謙虚に考えた方が良い状況になっていると思う。

特に合気道なんていうのは、世間的に勘違いされていることが多い(「気で飛ばす」とか「相手の力を利用する」とか)ので、そもそもなんで合気道をやろうと思ったのか、その根底のイメージを丁寧に拾ってあげて、勘違いがあるならそれを踏まえた上で、そのイメージにどれくらいのペースで到達したいのか、一人一人と向き合って行く必要があると考えている。

 

本部の審査規定は、その最もシンプルな指針として活用しつつも、入門者に何を教え、どう成長させるのか、考え抜き、示していくのが指導者としての勤めなんだと思う。

出来てないけど。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

普通の小説、普通の人生

何度も繰り返し読むような、心に残りながらも敷居が低い作品はないかと思って、今まで読んでみたことがないジャンル、作家に手を出す。

 

無人島に持っていくならどの一冊?」という質問の答えを探しているんだね。

敷居の低さを求めて、短編集のオススメをネットで探し、登場したのが本書。

 

著者はミステリー系では相当有名な作家さんだが、フィクションをあまり読んでこなかったこともあり、作品を手にするのは初めて。

で、短編集ではあるのだが、それぞれの話に繋がりがあり、読後感としては一冊で一つの物語だなぁ、という印象。

 

悲惨なことにも過激な展開にもならないので、普通に小学生の娘にも読ませて良いと思った。

別々の物語がつながっていくカタルシスと、登場人物それぞれの機微とユーモアが作家の腕なんだろう。

 

また読んでもいいかなぁと感じたが、しかしこういう有名作家と接点を持たない人生を随分続けてきたなという感慨も去来する。

かなりどうでもいい話だとは思うのだが、こういう有名作家の作品を一通り読む人生だったら、どんな感じだったんだろうなと考えたりする。

 

少なくとも今みたいな性格、生活、人生ではなかっただろうというのは想像する。

読む本が違えば、きっと友人も違うだろうし、そうなれば生活も、その経験から得た性格も違うだろうし。

 

そんなことを考えてしまった次第。

まぁ、ご参考ということで。

PC開かないチャレンジ

仕事中はノートPCを持ち歩いているわけだが、最近会議中はそれを開かないようにしている。

メモや議事録をPC上のアプリケーションでとる方が便利なのだが、どうもPCを開いていると誘惑が多い。

 

メールもチャットも気になるし、作りかけの資料をブラッシュアップするアイデアが閃いたりもする。

Windows10からは天気情報のアイコンが表示されていて、マウスオーバーすると最新のニュースがペロッと表示されたりする。

 

おぉ、大谷またホームランか…。

なんていうことをしている場合じゃない。

 

ちゃんとミーティングに集中しようぜということで、手書きのノートとなった。

アプリケーション上でメモが取れた方が、議事録を仕上げる際に楽だったり検索性が高いかなと思いつつ、議事録にコピペできるほど精度が高いメモを書けているわけではないので、結局作文はしなきゃいけないし、そんな雑然としたメモを検索する機会も、実はありそうで無い。

 

で、役回り上、自分のPCをプロジェクターに繋ぎ、資料投影しつつリアルとオンラインの会議進行をする機会もボチボチあり、そうなると手書きのノートが必要になったりもするので、元々手書きのノートは使っていた(なくせなかった、という方が正確)。

じゃあそちらに寄せてみましょうか、ということでもあるのだ。

 

今のところ悪くない。

必要な内容はアプリケーションに反映させる作業はあるけれど、二度手間というほど苦痛ではない。

 

まさかの手書き派に宗旨変えか、しばらく様子を見たい。

まぁ、ご参考ということで。

 

 

凡事徹底

何となく先々に振られる仕事の予感がして、こんな本を読んでおく(苦笑)。

 

もちろん火消しの仕事なんていうのに関わらないで済めば、それに越したことはないのだろうけれども、ちょっと経験してみたい気もする。

いや、二度と味わいたくないようなシチュエーションというのは色々経験しているが、炎上「プロジェクト」というのは経験がなく…。

 

それはともかく、本書では著者の長年の経験に基づく火消し術が、プロセスを追う形で展開されていく。

しかしこれ、本文中で著者も述べているが、基本的な仕事の進め方として大事なことを、ひたすら繰り返す、というものなんだよね。

 

基本的なことがあやふやになっているから炎上してしまうこともあるだろうし、何かのきっかけで炎上が始まり、基本どころじゃなくなって更に炎上が進んでしまうこともあるだろうし。

いずれにしても、マイナスをゼロに戻すことが出発点。

 

だから特別なテクニックじゃない。

普通のことをちゃんとやる、凡事徹底。

 

強いて炎上固有かなぁと印象的だったのは、「じっと耐えて嵐が過ぎるのを待つ」という表現が散見されたこと。

こういう判断、振る舞いも時には必要だよね…。

 

凡事徹底、そして嵐が過ぎるのを待つ忍耐。

この腹積りさえあれば、なんとか生きていける、そんな自信が持てた本。

 

まぁ、ご参考ということで。

極めてまっとう

ご本人に会う機会があり、どんな人か慈善に著作くらいは読んでおこうと思って購入。

 

プロ格闘家によるエッセイ、ご自身の生い立ちであるとか普段考えていることを中心に、コンパクト(150ページくらい)にまとめられたもの。

お値段も電子書籍だと350円くらいだった。

 

本書の解説であるとか、氏のメディアでの取り上げられ方が、かなり過激な印象をもたせるものなので、若干の緊張を感じながら読んだ(そもそもそんな印象を持っていたから、会う前に読んでおこうと思ったのだと思う)。

小中高のエピソードは流石に尖っていて、果たして同級生だったら仲良くなったんだろうかというと良くわからないのだが、なぜそこに反発を感じ、それに対して自分はどのような態度で生きているのか、ということは非常に共感できた。

 

いやむしろ極めてまっとうな常識人という印象で、煽るために変な印象操作をし、常識人の印象を曲げているメディアの方に問題があるような気がした(肩入れしすぎ?)。

格闘技に興味のない人にとっては、割と縁がない本だと思うので、やたらにすすめるものではないが、ご本人に新たな印象を持つことが出来たので、読んでよかったと思う。

 

まぁ、ご参考ということで。

学ぶのではなく学ばせる

いま自分のやっている仕事は「プロダクトマネジメントなんじゃないか」と思って、こんな本を読む。

 

プロダクトマネジメントを称して「製品のCEO」と呼ぶ人もいるそうだから、製品にまつわるすべての領域を一通りわかっていなければならない、という仕事。

本書も「CEO」に必要な、ビジョン構築、マーケティングファイナンス、リーダーシップ、技術など、幅広い知識やフレームワークをポンポン提示してくれる。

 

領域が広いので長くなるし、次に進まねばならないので浅くなる。

正直、知っていることだらけというか、知らないことは出てこないので(この歳になると)、読み流してしまうのだが、途中で気付くのだ。

 

あぁこれは、若いメンバーに「お前はこれを目指し、こうできるようにならなきゃいけないのだが、こことここを伸ばしていけ」という指導をするために使う本だなと。

場当たり的に指導してもよろしくないので、いつも手元に置いておき、折に触れて参照しながら伸ばすべき部分を探していく。

 

そういう使い方が良いような気がした。

もう自分が伸びることより、人を伸ばすことがメインになってきちゃったのかなぁ。

 

歳とったけど、悪いことじゃないよね、と思う。

まぁ、ご参考ということで。

 

季節の変わり目

最近は毎日走っているわけではないのだが(週5くらい)、決まったランニングコースがある。

南北に流れる近所の川沿いを行くのだが、季節の変化を如実に感じることがある。

 

川沿いの木々や花々にそれを感じることもあるが、一番強く味わえるのは風である。

そう、季節の変化とともに、風向きが変わるのだ。

 

春から夏にかけては南向きの風が吹く。

いつものランニングコースはまず南に進むので、春になるとすぐに分かる。

 

寒かった冬が、そろそろ終わりかなと感じだす頃、南の風を受けると、「お、いよいよ春だな」となるのである。

もちろんまた北風に戻ったりするけれど、それこそ「三寒四温」という言い伝え通りなわけで。

 

逆に、秋が近づくと、風向きが北に変わる。

今年だとそう、先週の土曜日から。

 

ランニング中は追い風を感じることはあまりないのだが、ランニングコースを折り返すと涼しい風がフッと顔に当たる。

「おぉ、夏も終わりなんだな」となるわけだ。

 

都心に住んで、毎日通勤電車に揺られて高層ビルで過ごしていると、なかなか季節の変わり目を味わうことはないかもしれないが、ランニングはそんなことにも気付かせてくれるのだ。

ま、今朝のランはスピード練習だったから、それどころじゃなかったけどね(笑)。

 

まぁ、ご参考ということで。