人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

感覚の開きがヤバい

コロナを機にリモート化が進んだ会社と、結局元の状態に戻った会社、そもそも何も変えていない会社と、色々あることと思う。

小生は故あって毎日通勤しているのだが、やり取りする外部の方々は基本的にリモートになっているようだ。

 

先日マンションの理事会に参加した時のこと。

普通に会場に赴き、普通に議論を終え、じゃあ次回どうしましょうか、という話になった。

 

参加者の方から「次はリモートで」というご提案があり、小生も「そりゃそうだ」と思って賛成したのだけれども、その時「あっ」と思った。

「次はリモートで」というご提案をいただいた方から小生は、「こんなご時世だし」「リスクもあるし」「当然に基本がリモート」というニュアンスを読み取ったのだが、その感覚を小生は全て持ち合わせていなかったのである。

 

その方の感覚と小生の感覚と、どちらが正しいか、ということではない。

普段の生活によって、それくらい感覚が開いてしまっているということ、あと一歩のところでその違いにすら気付けなくなっているということに怖さを覚えるのである。

 

社会にとっても不安定要素だし、新規事業開発に携わる人間としても、市場の声が聞こえなくなりかけている怖さ。

それぞれの職場に戻れば、違う感覚を持っている人が存在することすら認識していない人に囲まれ、違和感を感じつつ時に声をあげ、否定されてまた我慢して、結局違いに気付けた感受性が鈍っていき、社会が分断されていく。

 

本当の被害ってこういうことじゃないのと、背筋が寒くなるのであった。

まぁ、ご参考ということで。