人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

歳をとりすぎた

Audible で遭遇し、昔懐かしく。

 

大学生、社会人の20代か30代のころに、二度・三度か読んだと思う。

読み返すのはもう何年ぶりだろうかという話。

 

著者が旅をしたのは1974年からということなので、もう50年前なんだな。

若い頃に読んだ時より、その情報の古さについては気にならなかったのだが、旅を通じて反響する著者の感性に、もう共感できなくなっている自分がいることにショックを受ける。

 

26歳の著者の気負い、悩み、興奮、喜び。

その全てにピンとこない。

 

共感できないとまでは言わないが、「ま、若いな」「そんなこと、結構どうでも良くないか」という感覚になってしまう。

これはもう小生が歳をとりすぎて、若者の感性の瑞々しさを失っているからだし、半世紀前の若者の感覚とも時代的に遠くなっているのだ。

 

仕事の責任から逃げて長旅に、なんていうことは出来なかったし、結局は旅の後の日々の生活こそ人生の本質だし、あんなこともこんなこともあってもうすぐ49歳になろうとしている人間には、若者の旅にまつわるあれこれの全てが、どうでも良いことに思えなくもないんだよね。

そういう小難しいことを述べながら海外放浪をするのがカッコいいという50年前の雰囲気から離れすぎたせいもあるんだろうけど。

 

歳をとったのは事実だし、それによって感覚が変わったのも当たり前なので、かつて何度も読んだ本をなんとも思わなくなったことについては、別に気にならないのだが、今の20代はこの本をどう読むんだろう。

共感されないのだとしたら、小生の感性だけでなく、時代の感覚の変化ということもあると思うのだが。

 

まぁ、ご参考ということで。