人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

「ガウディの伝言」 読了 〜こういう仕事に憧れる〜

 リンクを貼る。

ガウディの伝言 (光文社新書)

ガウディの伝言 (光文社新書)

  • 作者:外尾 悦郎
  • 発売日: 2006/07/14
  • メディア: 新書
 

 

Kindle日替りセールでお薦めされ、レビューが高かったので購入。

昔見たコーヒーのCMで、著者である外尾氏の存在は知っていたのだが、なんとなくの興味本位で読んでみた。

 

外尾氏は日本人彫刻家としてただ一人、バルセロナサグラダファミリアの建築に何十年も携わってきた人物。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E5%B0%BE%E6%82%A6%E9%83%8E

 

外尾氏が建築に関わるようになった経緯、サグラダファミリアとはなんなのか、それを設計したガウディという人物はどんな人だったのか、建築に携わる中でガウディのどんな意志が汲み取れるのか。

そんな話が、素晴らしい建築や造形物の写真と共に味わえるという、非常に奥深い本である。

 

建築技法的に興味深い話もあれば、サグラダファミリアのあまり知られていない意匠の解説もあったりして、興味は尽きない。

サグラダファミリアには、建築に携わる職人を象徴する紋章が刻まれているそうなのだが、これはこの教会が、職人の叡智を結集して建てられるという決意表明のようなものらしい。

 

世に祝福をもたらすという偉大な使命を負い、働き手の創意工夫を引き出し、毎日の積み重ねを生涯かけて取り組み、それが子の代、孫の代へと伝承されていく。

職人として、ひょっとしたら人として、これほど幸せな仕事は存在しないのではないか。

 

我々の仕事は、この境地から果てしなく遠いところにきてしまったのではあるまいか。

お薦めである。

 

まぁ、ご参考ということで。

「『気づく』とはどういうことか」 読了 〜言語と認識と脳は不可分〜

リンクはこちら。

「気づく」とはどういうことか (ちくま新書)

「気づく」とはどういうことか (ちくま新書)

  • 作者:山鳥 重
  • 発売日: 2018/04/06
  • メディア: 新書
 

 

答えのない問いには興味があって、どこかのタイミングでポチった一冊。

「気づく」とはどういうことか?と問われて答えられますか?

 

答えられませんよね?

ということで買ってしまうのである。

 

で、先日「リフレクティブマネジャー」という本を読んだので、内省して気づくというプロセスについて、本書を読むことで理解が深まるかも、ということで手に取る。

結論から言うと、全然違う切り口の本といってよく、直接的なつながりは見出しにくかった。

 

本書は、医学や神経科学をベースに、多様な観点や過去の論説から、著者なりの認識論が展開されていくという本である。

言語を切り口に認識が立ち上がっていくさまなどは、確かに実感を伴う説得力がある説明なのだが、いかんせんそれを証明する術がない。

 

その辺りが、著者の責任ではなく切り込んでいくアプローチ上致し方ないのだが、勿体ないと感じる。

とはいえ、内省にも「言葉」が無いと、成立しないかもね、なんて思ったり。

 

まぁ、ご参考ということで。

偉い人ほど忙しい会社、偉い人ほど暇そうな会社

何度も言及しているが、小生はたくさん転職をしているので、日本の複数の業界の複数の会社を中から見てきた。

その経験をもとに言わせていただくと、会社には、偉い人ほど忙しい会社と、偉い人ほど暇そうな会社がある。

 

「暇そう」と書いてしまっているのだが、正確には「何をしているかよくわからない」というべきかもしれない。

例えばこんな感じ。

 

・オフィスにいることもあれば、どこかに行っていることもあるが、予定は特に開示されていない。

・いる時は比較的捕まえられるし、長い会議になっても意外と大丈夫だし、マメにメールもくれたりする。

・比較的「いい人」

 

偉い人ほど忙しい場合は、ちょっと違う。

・大抵予定は開示されているが、ほぼ自席にはおらず、捕まえることが難しい。

・会議は短く、むしろアジェンダが多すぎるのでは、という懸念があるくらい。

・メールは信じられない時間に重たい内容が突然降ってきたりする(苦笑)。

・だいたい「ちょっと怖い人」。

 

忙しい会社、暇そうな会社、それぞれマネジメントスタイルの違いだと思うので、是非は問うまい。

業績と因果関係がありそうな気もするのだが、小生個人の経験でさえ整合が取れていないので、それも断定は避けておく。

 

ただ、ひとつだけ感覚値を申し上げておくと、偉い人ほど暇そうな会社のほうが、社員の組織に対するストレスレベルは高かったような気はする。

偉い人が何をやっているか見えない中で、現場や中間管理職がヒーヒー言ってたら、「そりゃそうだ」なのだけれども。

 

一方で、偉い人ほど忙しい会社の方は、上がガツガツしている関係か、業務上のストレス、プレッシャーは高かったようにも思う。

 組織のストレスか、業務のプレッシャーか、どちらが幸せかはなんとも…。

 

皆さんの会社はどうだろうか。

まぁ、ご参考ということで。

 

 

「リフレクティブ・マネジャー」 読了 〜しっくりきて何故か頭に残る〜

リンクはこちら。

 

著者は「キャリア」「組織」「経営」といったキーワードで必ず遭遇するであろう重鎮お二人。

興味のある領域なので当然ポチったし、ザッポス社の組織論なんかを読んでいたので、今回手にとった次第。

 

働く大人にとっての学びとはなにか、学ぶとはどういうことか、会社はそれをどのように支援すべきか、これからの時代の学びとは、といったテーマで、中原氏・金井氏それぞれの見解が往復書簡のように述べられていく。

タイトルは「マネジャー」となっていて、マネジャーが部下をどう指導していくのか、という点は一部言及されるものの、どちらかというと社会人全般についての内容と言ってよいだろう。

 

しっくりくる記述が多数あった一方で、なにか大事な話を逃しているんじゃないかと思ったりして、二度連続で読んでしまう。

もちろんタイトルの通り、「内省」がキーワードになるのだけれど、悶々と自分探しをするようなものでもないし、反省文を書くわけでもないし、もちろん「内省」が学びの全てでもない。

 

折に触れ、日常業務を離れ、自分の仕事について考える。

あるいはビジネスの現場では低く見られがちな「個人的見解」「持論」なんかを整理してみる。

 

本書ではビジネスの現場を離れた「個人的見解」が展開される場として、かつての「タバコ部屋」が例示されるのだが、これはイノベーション論でも「タバコ部屋」的な機能が求められたりするので、人間の学びや成長・発見にはこういう機能が必要なのであろうと、一人得心してしまう。

小生自身を振り返るに、折に触れて自分の仕事について考えるというのは、転職の機会だったのではなかろうか。

 

良し悪しは別にして、大体三年に一回くらい転職してきているのだが、都度「自分は何をやってきて」「何を目指していて」「なぜ辞めようとしているのか」というのを死ぬほど考えて次の会社の面接に臨んできている。

そして新しい環境に入り、無我夢中で働くわけだが、過去については一旦整理がついた状態なので、改めて振り返ることはなく、現実的なスキルとして、あるいは得意不得意・好き嫌いなどといった自身の軸として昇華されていく。

 

これを内省と言わずしてなんと言おう。

ま、だから転職しましょうという話ではもちろんないのだが。

 

個人的に、他になるほどと思ったのは、マネジャーはメンバーの成長すべてを負う必要はなく、組織として「学び合える」状態を作ればよいのではないか、という指摘など。

思わず二度読みしてしまったのは、こんなような大事な言葉がたくさん散りばめられていて、スルーしてしまったものがあったんじゃないかと思ったから。

 

折に触れて読み返したい一冊である。

まぁ、ご参考ということで。

 

 

リモートワークのコツ

昨今のコロナウィルスの影響で、リモートワークの話題が喧しい。

実は小生、3〜4年ほどリモートワークメインの勤務形態を続けていたので、そこから得られた大小様々なコツを述べてみたい。

 

ITツール類は所属企業のポリシーによってままならない部分はあると思うし、仕事内容に左右されるところは多々あると思うのだが。

小生個人は複数クライアントを持つコンサルティング業で、週に2〜3度、MTGや来客対応で会社に顔を出す程度である。

 

・ツール

Mac&iPhone&Airpods

Macで作業、iPhoneテザリングAirpodsテレビ会議

それぞれのツール連携のシームレスさは一度経験したら別の物にする理由がないほど。

Macのデフォルトのメーラーのグループ化機能が使い易く、検索も強力。

移動が多いならMacBookAir。

Airpodsテレビ会議は音の聴き漏れがこちらも相手にも少なく、これでテレビ会議をやる人も多いので違和感がない。

②Office365

結局アウトプットはOfficeフォーマットになるので、これで作業するのが正しい。

レイアウト崩れが気になるなら最終的にPDF化すれば良い。

会社でもリモートでもシームレスに作業でき、自動保存されるクラウドはもはややめられない。

OneNoteを議事録に使い倒しているのだが、クライアントごとにノートを立て、MTGごとにページを立てれば、前回何を話したのか一目瞭然。

③コミュニケーションツール

Skype、ZOOM、メッセンジャーの類はほぼ全て。

クライアントごとに採用ツールが異なることに対応する目的もあるし、上手くつながらない時に別のツールを使う技もある。

④電源その他

ACアダプタは純正ではなく軽量なサードパーティーのものを。

モバイルバッテリーはiPhone11Pro Maxなら不要。

多機能アダプタはHDMIVGA両対応のものを。

 

・装備

①リュック

上記を担いで1日ウロウロするのでリュックじゃないと仕事に堪える。

ビジネス風のものは意外と入らないので、無印のリュックをよく使っていた。

結構ハードユースになるので消耗品と考えた方が良い。

②防寒着

空調の効いたオフィスで1日座っているわけではなく、移動が多いので冬は寒い。

ヒートテックの長袖下着とタイツを利用。

③その他

移動が多い点からも、オートチャージパスモは必携。

定期が都営地下鉄だったのだが、わざわざToMeカードのオートチャージ設定を紐付け(手続きに1ヶ月かかる)、利便性と都心移動時のポイント獲得を狙う。

 

・注意点

①ペーパーレス

書類を持ち歩くと重いのと、コンプライアンスリスクが高くなってしまうので、極限までペーパーレスを守る。

クライアント先で渡される書面を丁寧にお返しするくらいの勢いが必要。

②経費精算

移動が多く会社に寄り付かなくなると、経費や交通費の精算が溜まりやすい。

月末一気に処理して絶対に溜めないこと。

③通信量

重いファイルのやり取り、テレビ会議をモバイル回線で行なってはいけない。

ちょっと長い会議一発で簡単にギガが飛ぶと思ったほうが良い。

 

ということで、この辺を踏まえ、自分のペースを掴むことが出来るようになると、「なんで通勤してたんだろう?」となること請け合い。

とにかくやってみるのが良いと思う。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

手柄をもって出世させて良いのか。

「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」という言葉がある。

こちらの記事によると、中国の古典「書経」ということらしい。

 

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47762

成果を挙げた人間は報酬で報い、人格の優れた人間にポジションを、という理解でよかろう。

 

はじめてこの言葉に触れた若い頃は、「徳ある者には地位を」というくだりに、名言・至言としては理解できるものの、①成果を挙げた人間に組織を担わせたほうが組織としての成果向上の蓋然性は高いのではないか、②成果を挙げた人間を出世させなければ組織構成員の納得感は出ないのではないか、という理由から、ちょっと「綺麗事」だろうと思っていた。

しかし、それなりに社会人経験を積んだ今となっては、徳のない人間にポジションを与えるリスクは、①の「成果向上の蓋然性」とは比較にならないくらい大きいんじゃないか、と考えるに至っている。

 

そもそも、ポジションを上げることで役割を変えるのだから、その人間のパフォーマンス自体は落ちる(成果を挙げた役割がベストだとすれば)。

成功のノウハウを組織に展開しようにも、属人性や陳腐化は免れないので、この時点で「成果向上の蓋然性」が若干疑わしい。

 

一方で、ポジションを上げるというのは、その組織での影響範囲を広げるということだから、人格に問題がある人間の影響範囲を広げることは、組織全体にとっての害悪でしかない。

また、組織内で高い地位にある人間というのは、次世代のリーダーやメンバーを育てる役割も担うはずなので、それはやはり徳のない人間には厳しいと思う。

 

そういう人間には、「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」という言葉の通り、報酬で報いれば良いのである。

蓋し名言。

 

しかし課題は残る。

前述の②「組織構成員の納得感」である。

 

成果がそれほどでもなく、徳のある人間に地位を与えて良いのか、というのはなかなかの難問である。

まず、本当に「徳がある」かどうかを、どうやって見極めるのか。

 

その人間に地位を与えたとして、徳によって組織に一体感が生まれるのに相応の時間がかかるはずだが、それを待てるのか。

地位を与えた人間が現場の抵抗にあわないようなサポート・仕組みは用意できるのか。

 

逆に、成果を挙げた人間から地位を与えざるを得ない場合に、徳を磨けるような支援はできるのか。

やはり徳が無いとなった際に、その地位から速やかに引きずり下ろせるのか。

 

パッと思いつくだけでも、これだけの疑問が湧くわけだが、この辺はちょっと、小生自身も引き続き考えていきたい。

まぁ、ご参考ということで。

 

「グローバル資本主義VSアメリカ人」 読了 〜ニュースには出ないアメリカのB面〜

リンクはこちら。 

グローバル資本主義VSアメリカ人

グローバル資本主義VSアメリカ人

  • 作者:篠原 匡
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

さる有名論客が強く推していたこともあり、興味を持って購入。

アメリカ経済や社会を知ることは、今後のビジネスの展望を睨む上では基礎知識と言って良いだろう。

 

小生と同世代、40代の日経記者による、市井のアメリカ人を追ったルポルタージュである。

タイトルはなんとなく意気軒昂な雰囲気が漂うが、どちらかというと変化する世界のスタンダードに取り残されるアメリカ一般市民という内容である。

 

国境地帯で密入国から「国を守る」自警団。

国境紛争の犠牲となってきたネイティブアメリカン

 

シリコンバレー周縁部で車上生活をする人々。

はたまたメガチャーチと呼ばれる、超大規模な教会組織。

 

アメリカのテレビドラマシリーズなんかをよく観ている人にとっては、まったく知らない世界ではないと思うのだが、なるほどいろんな社会階層が存在する国なのである。

個人的に興味深いと思ったのは、娘を射撃の選手として育てながら、子供達に銃の扱いを教えるスクールを運営する人物の話。

 

日本人からすると、乱射事件が起こるたびに、銃を規制するほうがいいんじゃないかと素直に思うし、全米ライフル教会なんていう圧力団体の存在を知ると、古く頑迷なアメリカ人像を想起してしまう。

しかし、彼が主張するロジックもまた説得力があり、これは簡単には変わらない(変えられない)ジレンマを強く感じたりもする。

 

国境とか銃規制なんていう話題が出てくると、どうしても日本からは遠い話のように思うかもしれないが、読めば読むほどに「なんかこういう境遇の人、日本にも増えているんじゃないか」と感じられ、茫洋とこの国の行末に想いを馳せてしまう(あまりいい意味ではなく)。

社会課題、日本の未来なんかを考えたい人には、格好の材料となる一冊ではあるまいか。

 

まぁ、ご参考ということで。