人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

「ガチトレ」 読了 〜結局なにを目指しているのかが問われる〜

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どんな本でもバックレビューをブログで書くかい!とツッコミを受けそうだが、小生個人のブログなので勝手にさせていただく。

小生は「強くなる読書」をコンセプトに濫読しているので、こういうカテゴリーも範疇に入る。

 

合気道だけでなくランニングにも取り組んでいて、先日も43歳にしてハーフと10キロの自己ベストを出したのだが、実は行き詰まりを感じている。

(やめればいいだけなのだが)トレーニングがキツいのだ。

 

キツいとストレスが溜まるのか、食生活が乱れて体重が少し増え、余計トレーニングがキツいという我慢の局面。

藁にもすがる気持ちでレビューの高かった本書を手に取った次第。

 

一読して、内容については文句なしだと思うのだが、本書の謳い文句通りに成果が出るのは、まあまあ不健康な体型と生活習慣の人達だろう。

三週間分のトレーニングと食事メニューが丁寧に解説しており、なかなか厳しい。

 

小生の場合、筋トレではなくランニングと、少し制限した食事をとっているので、このメニューに切り替えると走力を削って少しゴツくなる感じだろうから、ちょっと目的と合致しない。

そう、「目的ってなに?」ということでもある。

 

本書のトレーニングは、問題のある人が少しでもメリハリのある体型になるというもの(なので、なにかの競技力を強化するためでなく、純粋な筋トレである)。

しかもその最初の一歩を踏み出すためのものである。

 

小生のトレーニングの目的は何か?

ラソンだけかと言われれば、ちょっと違う。

 

合気道だけでもない。

トータルな強さと速さなのだが、それがなんなのか、今一度考えたいなと思わされた一冊。

 

目的が定まらなければ、闇雲な努力は続かない。

まぁ、ご参考ということで。

 

「暴走する能力主義」 読了 〜思想的にはものすごく重たい〜

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暴走する能力主義 (ちくま新書)

暴走する能力主義 (ちくま新書)

 

 

 

以前、「ハイパーメリトクラシー」などという単語を聞き及んだことがあり、組織と人材に関わる身としては一度読んでおこうと思い、Kindleのセールの時に購入。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC

 

少し前に人材育成と成長に関わる本を読んだこともあり、併せて積読を消化する。

能力主義」というのはわかるようでいて、誰もが納まりの悪さを感じる概念ではなかろうか。

 

大きくは、人間の能力は本当に評価できるのか、その能力と仕事の成果は本当にリンクしているのか、能力があれば職場の仲間としての人間性は問わないのか、あたりだろう。

ハイパーメリトクラシーというのは、学歴のようななんらかの形で一応「見える」能力だけではなく、コミュニケーション能力などの非認知能力が重視される社会傾向をいう。

 

本書ではその辺りを踏まえた上で、後期近代社会である現在においては、学歴以外の非認知能力での能力評価がある種の必然であり、そしてそれはひたすら強化される一方、その能力を正確に測定することはできないと述べている。

それを非常にロジカルに章立てて論証しており、残念ながらこれが人材育成観点ではなかなか消化しにくい。

 

学歴だけではダメだという話は日本においても100年以上前から言われており、我々は手を替え品を替え「それっぽい」ことを繰り返しているに過ぎない。

文脈依存度が強い「コミュニケーション能力」などの非認知能力だけでなく、一見客観的に見える学力評価ですらその客観性を担保するのは困難。

 

そんな話が続くので、結論としては人事の評価、育成に関わる人からすると苦笑い、という本なのかもしれない。

もちろん著者も能力が完全に評価出来ないと断定しているわけではない。

 

なんらかの実務的な落とし所はあるはずなのだが、人材育成の世界からは遥か極北にあるので、そういった人間社会の宿命を踏まえて、どう取り組んでいくのか、茫漠と考え込んでしまう。

社会学が好きな人は、きっとこういうドラスティックな論考が好きなはず。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

「8050問題の深層」 読了 〜誰もが当事者・関係者になりうる〜

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8050問題の深層: 「限界家族」をどう救うか (NHK出版新書)
 

 

 

8050問題をご存知だろうか。

引きこもりの子供を抱えた家族が高齢化し、親が80代・子供が50代となって、いよいよ切羽詰まる問題である。

 

詳細はこちら。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/8050%E5%95%8F%E9%A1%8C

 

新規事業は社会課題の解決もスコープに入るので、以前から関心を持っていた本書を拝読。

しかしビジネスで解決するのはなかなか遠そうである。

 

本書は8050問題の実態を、事例を引き合いにしながら説明し、関係者となってしまった場合にどのような打ち手があり得るかを解説してくれている。

幸にして引きこもる世界とは縁がなく今に至っているが、実際の経緯を聞くと、誰しも起こりうる話であると感じた。

 

交通事故で今までの仕事が続けられず、曲折を経てとか、あるきっかけで精神的な不全状態に陥り、とか、いったい誰が「わたしには関係のない話」と言い切れるだろうか。

そう思うと、ちょっと人ごとではなく、本書を読み進む気持ちも穏やかでない。

 

ただし、これは今の日本の素晴らしいところなのだが、行政や民間で支援してくれる枠組みがあるということだ。

そういった機関にちゃんとhelpと言えれば、なんらかの支えがある。

 

これは本当に素晴らしいことだし、関係者には頭が下がる思いだし、今まであまり意識してこなかったが、日本人はこのような困難に陥った人々を公的な仕組みで支えるという判断をしたということでもある。

とはいえ、ハッと気付かされるのは、本書に出てくるある老親が「こういった制度はもっと大変な人たちに用意されたものだと思っていた」という一言。

 

そう、問題は、helpを出すべき人々がhelpを出してくれないということにあるのかもしれない。

さらにいえば、適切なタイミングでhelpを出せるというのは、ある意味スキルであり、それができるのであれば、ここまで追い込まれなかったのでは、ということも。

 

仕事でも、そんなことは日常味わっているので、いろいろ考えさせられるのである。

まぁ、ご参考ということで。

イノベーションに必要なことは、愛情

ここ数年、ずっと新規事業開発とか、イノベーティブな組織づくりといった議論をクライアントと続けていて、結論的に思っていることがある。

それが「イノベーション」と呼ばれるものかどうかはわからないが、新たな何か、世に衝撃を与えるような何かを生むためには、根底に愛情が必要だということだ。

 

青臭い表現で気恥ずかしいのだが、あえて「愛情」と言ってしまう。

自社の製品・サービスやお客様への愛情、それなくしてイノベーションは生まれないと思うのだ。

 

何年も担当しているが、実はその製品はたまたま配属されて関わっているだけで、個人としては買ったことも使ったこともない。

お客様がどんな人で、どんな課題に向き合い、どんな夢を持っているのか、自分の言葉で語ることができない。

 

そんな、「サラリーマン的」に仕事に関わっている人間が、新しいものなど生み出せるはずがないと思わないだろうか。

たとえそこに、どんな方法論を提示しようとも、会社としてどんな制度を用意しようとも。

 

そして、そんな「サラリーマン」が何万人集まろうが、決してイノベーティブな集団にはならないのだ。

「そんなことを言ったって、もううちは『サラリーマン』だらけの大企業になってしまったし…」というご意見もあるかもしれない。

 

そういう会社の人は、機会を作って仕事への愛情を思い切り語れる場を用意してあげたら良いと思う。

毎日何時間も働いている人間たちの集まりなのだから、何人かは熱く語れる、愛情豊かな人間が存在するはず。

 

そしてその熱く語る場を目の当たりにすると、人は「そういえば自分も」と感じ、また語り出すんじゃないかと思っている。

その先にきっと、イノベーティブな組織があるはず、という仮説のもと、そんな取り組みをクライアントとやってみたいと画策している。

 

まぁ、ご参考ということで。

「2020年マンション大崩壊」 読了 〜これを読んでマンションを買えるか〜

リンクを貼る。

 

2020年マンション大崩壊 (文春新書)

2020年マンション大崩壊 (文春新書)

  • 作者:牧野 知弘
  • 発売日: 2015/08/20
  • メディア: 単行本
 

 

 

当方、持ち家マンション居住。

リーマンショックの時に管理組合の理事長を務め、デベロッパーとゼネコンの立て続けの破綻と債権者集会、怪文書飛び交う総会運営など、一通りの経験をし、現在2回目の役員在任中で大規模修繕の議論を進めている。

 

というわけでこういう本は読んでしまう。

積読していると2020年も終わりそうだし。

 

内容としては昨今問題となっている空き家の話と、その大半がマンションであることを中心に、日本のマンションの解決し難い構造的問題と、一応の処方箋を提示している。

「一応の」と記載したのは、本書で取り上げられるマンションの構造的問題を、嫌というほど思い知らされた小生にしてみれば、本件に処方箋など存在しないと思っており、著者の提案に意味があるとは思うが、多くは救えないからだ。

 

詳細は本書をあたっていただきたいが、家を買うか賃貸にするか迷っている方は、まず一読を進めたい。

既にマンションを買ってしまった人は、読むと売り逃げしたくなるかもしれない。

 

このタイミングが悲惨なのは、ここ数ヶ月の景況感の大変動。

恐れていた不動産相場が怪しくなってきたのと、本書の解決の処方箋の一つであるAirBnBへの転用シナリオが崩れてしまったこと。

 

タイトルの「2020年」は、オリンピックまでは持つという趣旨だったようだが、思いもよらない形で予言は的中してしまったようだ。

まぁ、ご参考ということで。

対話力を鍛える

小生の娘は8歳。

言葉を覚えるのは早かったし、今もってよく喋るのだが、これが猛烈にイライラさせられることがある。

 

娘の会話は、ダメなコミュニケーションの例が集約されているので、親としての恥を忍びつつ、大人の学びとして整理しておきたい。

ダメなポイントは以下。

 

・相手の都合お構いなし

相手のステータス関係なく、とにかく自分の都合で喋りまくる。

 

・話がクドイ

同じ話を何度もする。

 

・意味がわからない

思考プロセスが非論理的なのか、論理構造や前提条件が明らかにされていないためなのか、なんでそんな話になるのかよくわからない。

 

・自分が持っている知識を皆持っていると思っている

Amazonプライムのよくわからないアニメの話を突然されてもわかりません。

 

・しょうもない嘘をつく

父親がベッドを覗きに行った時、実は起きていたなんて話、明らかに嘘だから!

 

・意味もなく言い負かそうとする

コメダ珈琲で誰の注文が一番高かったか、なんて言い争いには全く意味がないのだが、やめない。

 

・喋り倒すくせにこちらの話は聞いてない

本当に聞いてない場合と、聞いたけどすぐ忘れる場合とあるが、結果的には同じこと。

 

しょうもない嘘と言い負かそうとする悪い癖は最近の話。

親としてはひたすら注意を繰り返し、砂漠に水を撒くような苦労を続けるのみか。

 

しかしビジネスシーンでも、これに近いコミュニケーション取る人、実際いるんだよね。

怖い怖い。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

野放図とマイクロマネジメントの間

現場のやりたいことをやりたいようにしていたら、経営は成り立たない。

ガバナンス不在である。

 

その時その時のスピードは早くなるかもしれないが、やらなくて良いことまでやってしまうかもしれないし、大きな失敗だって起こりうる。

なので、ガバナンスという概念が生まれてくるわけれども。

 

しかし企業が活動を続けていると、いろいろ想定外の事象が起きてくる。

権限を明確化し、ルールを定めても、それを乗り越えてくるのが想定外なので、そうなると「とりあえずなんでも経営会議送り」となり、上の立場になればなるほど会議が多く長くなり、だんだん「社長がこんな細かいことまで決めるの?」となりかねない。

 

当の社長だって「なんで私がこんな細かい話まで口を出さなきゃいけないのか」と思っているに違いない。

しかし、組織というのはそうなるものだと思っている。

 

誰だって責任は取りたくないし、決断もストレスなので、迷ったらどんどん偉い人に押し付けたくなるのだ。

そうやって会議は多く長くなり、スピードが落ちていく。

 

それを思うと、リクルートグループの伝統である「お前はどう思うの?」という投げかけは、なんでも偉い人に押し付けない仕組みとして、有効に機能するのかもしれない。

もちろんこれは、現場の判断を優先することだから、局所最適だったりガバナンスのアラが発生しかねないのだが、バランスの取り方として、一つの考え方だろうと思う。

 

個人的にはこの考え方に近いスタンスを取りたい。

なんでも偉い人に押し付けたくなるのは人間心理であり、理解できるのだが、大問題にならない範囲を真剣に見極め、現場の判断で「やってしまう」方に倒し、もし問題になったら謝る。

 

まともに会社やってたら、想定外はこれからもどんどん増えていくのだから、勇気を持って進めてみるチャレンジを現場から推進していきたいのである。

まぁ、ご参考ということで。