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人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

総合格闘技で最も強い格闘技は?

武道を嗜む関係もあり、格闘技全般が好きである(見るのもやるのも)。

色々見てみたり、やってみたりして思うのは、格闘技にはそれぞれ、成立した背景と、発展してきたプロセス、現在のあり方が存在している。

 

格闘技で一番注目されるのは、どうしても試合になってくるが、その試合のルールにこそ、それぞれの格闘技のコンセプトが集約されている。

ボクシングにはボクシングの試合のルールがあり、レスリングにはレスリングの試合のルールがある。

 

それぞれのルールの中で、「強い弱い」「勝った負けた」を見極めていくのであって、違うルールの格闘技を並べて、「どちらが強いか」を議論するのは、実はあまり意味がない。

男子中学生の会話そのままで恐縮だが、だったら「何でもあり」のルールでやってみれば、より「実戦」で「本当に強い」格闘技がわかるじゃないか、という意見もある。

 

しかしそれとて、「何でもあり」のルールの中で、「強い弱い」「勝った負けた」という話でしかなく、それぞれの格闘技を修めた人が、それぞれ「何でもあり」のルールに、どれだけ上手に適合できたか、ということでしかないと思う。

「実戦」なんて、再現性のない場面でしか無く、素手で一対一で闘う場面自体が、大いなるフィクション。

 

何のことかと思われるかもしれないが、世の中にはいろんなルールで展開されるビジネスがある、という話だ。

新たな事業にチャレンジする時、新たな職務を任された時、それは例えば、これまでボクシングをやってきた人が、総合格闘技やキックボクシングのリングに上がることになったようなものである。

 

そんな時に、当たり前だがボクシングだけで勝てるわけは無いし、かと言ってボクシングを捨てても勝てるわけがない。

それぞれの新しいルールでは、何をもって「勝ち」「強い」と定義され、それを最短・最高のプロセスで実現するにはどうしたら良いのか、そのために今まで培ってきたリーソースをどのように活かせば良いのか?

 

そういったことを見極めて、アジャストできた人が勝利するのだ。

強い格闘技・流派があるのではなく、強い「人」が居るのだと考えている。

 

まぁ、ご参考ということで。

「死ぬ程働く」と「本気で働く」

以前も話題にしたとは思うが、最近また触れる機会があったので、改めて。

皆さんはこれまで、仕事で本気を出したことがあるだろうか?

 

「本気で働く」のと「死ぬ程働く」のは、いずれも多分ハードワークなのだが、同じではない。

端的に言えば、仕事に対して本人の主体性があるかどうかと、妥協しないプロフェッショナリズムがあるかどうかではないかと思う。

 

そのいずれかが欠けてしまうと、例え月に何百時間働こうが、「死ぬ程働いた」だけであって、「本気で働いた」ことにはならないのでは。

「本気で働く」経験が大事なのは、もちろん仕事のアウトプット、クオリティが全然違うというのが大きい。

 

それによって先々のキャリア展望が変わってくるのだが、もう一つ大事なのは、働く本人のメンタリティにとっても意味があるからだ。

目の前の仕事への向き合い方として、主体性の有る無しは、精神的な疲労度が決定的に異なる。

 

小生はそれを逆手に利用して、ハードワークが避けられないときには、あえて主体性が持てる仕事内容にズラしてしまうというテクニックも持っているくらいだ(良いか悪いかは微妙であるが)。

また、「本気で働いた」経験があると、自分がどれくらい頑張れるのか、どのくらいだとヤバイのか、という感覚の精度が高くなるので、ますます安定して働けるというもの(苦笑)。

 

おっさんの小言みたいな話だが、自分の健康を守る為にも、「本気で働く」経験は積極的に獲得しておくことをオススメしたい。

まぁ、ご参考ということで。

 

ホンモノの経営者に会う

前置きをしておくが、小生ごときが経営者の優劣を語るのは、大変に僭越な物言いであり、あくまでも社会人人生の中での「感想」ということでご容赦いただきたい。

営業の、それも比較的アグレッシブな(笑)タイプの営業の仕事が長かったので、基本的に可能な限り組織の偉い人に会うように心がけてきた。

 

もちろんいろんな人がいるのだが、この人は本当に凄いなと思う経営者というのは、全社目線、業界目線、社会目線などの世界観と、未来を探る時代観を持ちながらも、実務の各論が出来る人であることが多い。

大所高所の議論もできるし、イチ担当者としても誰にも負けない、というタイプの人だ。

 

「日本一の草履取りになれば、誰も草履取りにしておかない」というのは小林一三の言葉であるが、「そりゃそこまでできるなら、経営をお任せしたほうがいいですよねぇ」という印象だ。

そうなると部下は大変で、普通に議論したら勝てない。

 

担当者としても強い上に、視座が高いので、机上の空論では瞬殺されてしまう。

そういう、ホンモノの経営者がいる会社で、自分の意見を通そうとするのなら、それはもう誰よりもその案件に詳しくなるか、会社の外のお客様が今まさにどんなことを考えているのか等、経営から少し遠い「現場」のリアリティで戦うしかないのである。

 

なので小生は、偉い人と会話をするときには、経営者の立場も慮りつつ、現場・前線では何が起きているのかを、生々しく伝えるように工夫している。

まぁ、ご参考ということで。

スキルの再現性

転職マーケットにおいては、さんざんその重要性が語られている話ではあるが、改めて。

現職でどれだけ素晴らしい経験を積まれていたとしても、新しい環境での機会を求めているのであれば、もっとも見られるのが、その素晴らしい経験が新しい環境で再現可能かどうか、ということである。

 

先日ある外食企業のCOOにお会いしたのだが、経営の基本方針として「良いものを良い立地で提供する」という、王道を実践されてきた方であった。

その方針そのものは素晴らしいと思っているのだが、経営幹部を求めている外食企業の全てが、その王道を実践できるわけではない。

 

経営とは各種制約条件の中からの「選択」だと思っているので、王道が実践できれば理想だが、それができない中でどんな手を打つのか、という話が現実的にはよくあるわけで。

そうなると、経験・スキルは素晴らしくても、果たして新しい環境でそれが再現できるのか、再現が難しかったとしても、どんな形で活かしていくのか、というのが重要になる。

 

ある意味、スキルの再現性というのは、柔軟性そのものであるのだが、経営幹部の転職こそ、厳しくそれが求められるのではないだろうか。

まぁ、ご参考ということで。

プロジェクターのアダプター

最近は本当にミーティングでPCを液晶モニターに繋いだり、プロジェクターに繋いだり、という機会が増えた。

二度と読みもしない紙の資料を配られるのも勘弁願いたいし、その場で修正もできるしで、極めて合理的だと思う。

 

小生のPCは昨年夏に購入したモバイル重視のスペックだったが、インターフェースはUSBが二つのUSB-Cが一つ、SDカードスロットが一つと、「まだまだビジネスシーンでは使いますよね」というメーカーの売り文句だったVGA(プロジェクターに繋ぐ15ピンのアレ)である。

そのVGAアダプターであるが、買ってから順調に活躍中ではあるものの、今年に入ってから、「あ、HDMIしか繋げないんですね、あぁ、すいません…。」という場面が増えたような気がする。

 

先日も弊社で運営するワークショップの最中、備品の古いプロジェクターに、これまた備品だが、よその部門から借りてきたPCをつなごうとしたら、PCがHDMIしか対応していなくて「しまった!」ということも(お恥ずかしい限り)。

そんなことを言い出すと、最近のプレゼンテーションは画像やら動画やらどんどんリッチになっているので、PCもプロジェクターもスペックアップしなければ、本来の表現ができなくなってしまう。

 

小生のPCに話を戻しても、たかだか一年(しかもまだ同じスペックを新品で売っている)で、インターフェースが古くなってしまっているのだ。

たかがインターフェースと侮るなかれ。

 

クライアントのIT備品は、大抵社内IT部門やら企画部門が、中期的な見通しの中で会社の予算承認を取り、最善の策として購入されていることが殆どなので、これはもう立派な社会の変化なのだ。

それに対応するためには、当然コストもかかるし、人も企業もついていかねばならない。

 

たかが「プロジェクターのアダプター」一つとっても、着実に社会の変化を感じる。

いわんや、である。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

中途入社者は生き残らなければならない

今日のリンクはこれ。

http://corp.en-japan.com/success/3508.html

 

詳しくはリンク先をご参照いただきたいが、中途採用者を早期に戦力化するために、いかに受け入れ態勢を整えるか、という論点である。

自ら多く転職し、また多くの転職を支援してきた立場として、このお話は痛いほど良くわかる。

 

転職者は新しい環境で、自らの力で立ち上がり、歩き、走ることを期待されるが、現実的には簡単では無い。

それはもう、半分以上の人はムリなんじゃないかと疑ってしまうくらい。

 

しかし現実は、立ち上がるための手助けを周囲の人に求めるのもはばかられる雰囲気がある。

それが殆どの転職者の実態だろう。

 

だからこそ、転職がゴールなのではなく、そこから新しい戦いが始まり、時に上手に周囲に助けを求めながらも、できる限り自力で立ち上がれるよう、生き残る努力をしなければならない。

小生の拙い経験でも、もしかしたらそのお手伝いできるのではと信じ、日々精進に勤しむ次第。

 

頑張ってサバイブしようね。

まぁ、ご参考ということで。

 

良いところ、悪いところ

今日はたまたま、二つの別の会社のアイデアワークショップに関わる機会があった。

一社は運営する側、一社は見学させていただく側。

 

時間の長さは違うものの、それぞれやることはほとんど同じだし、運営もそう大きくは変わらない。

しかし面白いもので、「ヨーイドン」からの、ワークショップの立ち上がりの速さは全然違う。

 

早い方はもう自己紹介の瞬間から盛り上がるし、時間がかかる方は最後の最後にやっと温まる感じ。

ほんと全然違うものだなぁと感心した。

 

ただし、立ち上がりが早ければ良いかというと、必ずしもそうだとは思っていない。

最近の風潮では、何でもかんでも早い方が良いようなところがある。

 

確かに、アイデアの「数」を競うだけなら、早い方が有利だと思うが、「質」を求められるとしたら、果たしてどうだろう?

もちろん、高速でPDCAを回した方が成功には近づくし、数を求めることで良いアイデアが出てくるのも確かではあるが、実のところ、PDCAも数を求めるのも、闇雲に進めては上手くいかない。

 

それに、カチャカチャアイデアを変えてしまって、遅れてやってきた折角の機会を逃す、なんていう悔しいパターンもある。

そもそも、勝負はアイデアが生まれたその先にあったりもするので、立ち上がりだけ早くてもよろしくない(最後まで早ければそれは素晴らしいが)。

 

今日の二社は、キャラクターが全然違ったけれども、実はアウトプットの質自体はそう大きく違わないと感じた。

それぞれ、良いところ、悪いところを踏まえた上で、「アイデアが生まれたその先」の勝負に臨んでいただけたらなと感じた次第。

 

まぁ、ご参考ということで。