人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

本日の更新はお休みします。

次回は22日月曜からとなります。

宜しくお願い致します。

生命線を守る

今日伺ったお話しの中で、もっとも印象的だったのが、このタイトルの言葉。

群雄割拠、激変必至の業界環境にあって、業界の一翼を担うプレイヤーとして、どう戦っていくのか、という文脈から出てきている。

 

ざっくりいうと「我々にとっては、〇〇が生命線。ここだけは絶対に守らなければならないし、ここを守っているからこそ、他のプレイヤーから一目置かれることになる」という感じ。

お聞きして、これは大変力強い言葉だなと感じた。

 

もちろん、語意が強いという意味だけではなく、「見えて」いるからこそ断言できる、強い言葉ということだ。

守らねばならないものがハッキリしているからこそ、全力を尽くすことができる。

 

それ程大事なものだからこそ、その価値を理解し、武器にするすることもできる。

決してピカピカな明るい未来があるわけではないが、不確実な競争環境に備えて、戦う準備はできている。

 

考え抜いて、行動し尽くした人間特有のソリッドな感触。

ひさびさに触れることができて、とても刺激的な時間だったし、自分の生命線、自分のビジネスの生命線は何か、深く考えさせられた次第。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

社会の垣根を低くする

ふわっとした話をする。

「こうありたいなぁ」という類の話だ。

 

今日、色々な人と新規事業の議論をしていて、個人的に感じたことである。

例として述べるのだが、ペット関連の事業を議論していた時の話。

 

イデアが二つあって、一つはペットオーナーのニーズにとことん寄り添って深くしていくもの。

もう一つは、新たな価値を追求することで、今ペットオーナーではない人達に、ペットオーナーになって貰おうというもの。

 

事業のアプローチとしてどちらが正しいかは、あくまで総合判断なのだが、どちらの難易度が高いかといえば、多分後者だろうと思う。

多分理由があってペットオーナーではない人達を、なんらかの方法で「変えよう」とするのだから、とても難しい(行動変容を強いるビジネスは大体難易度が高い)。

 

しかし、議論していて感じたのだが、前者のビジネスは、突き詰めていくと、ペットオーナーとそうではない人達との間の垣根が、どんどん高くなってしまうような気がしたのだ。

動物が苦手な方が一定ボリュームで存在する中で、ペットオーナーに特化したサービスは、アプローチとしては正しいものの、セグメント化されたターゲットを、ますますその垣根の中に閉じ込めてしまうような予感があった。

 

一方の後者は、ペットオーナーではない人達にそうなって貰おうということだから、逆に垣根を低くするチャレンジ。

安直な感想なのだが、社会の垣根が無くなっていく方が、社会を良くするビジネスだと思うのだ。

 

分断を感じる時代感が背景にあって、そんなことを考えてしまうのかもしれないけれど、小生個人の価値観の底流には、そんな思考・志向があるのかなぁと気付かされた次第。

ご理解いただければこれ幸い。

 

まぁ、ご参考ということで。

人材は財産か、コストか

記事のリンクを貼っておこう。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/011500139/?P=1&ST=smart

 

グローバル企業の調査で、日本企業の社員向け教育投資が主要国で最低だったという話である。

最初に小生のスタンスを申し上げておくと、人材を甘やかす会社にも、人材に投資できない企業にも、未来は無いと考えている。

 

一方で、教育投資が低いことを指弾するだけではあんまり意味がなくて、その背景を理解しておくことが、状況改善の第一歩なのではないか。

思うに、日本で教育投資が低調なのは、その雇用形態に理由があるのでは、と思う。

 

企業が投資をする以上、その投資対効果というのは必ず論点になる。

一方で、日本のホワイトカラー、特に文系総合職というのは、その役割が定型化されておらず、その名の通り、さまざまな業務に総合的に対応出来ることが期待される。

 

そうなると、その総合力を底上げする教育というものは存在しない、もしくは教育効果の測定ができないから、研修にも派遣し難い、ということになるのではないか。

また、製造の現場では、最先端の領域を外部に学ぶことは、ほぼないから、外部に学ぶとすれば、製造プロセスとか、マネジメントとか、限定された領域に限られ、なおかつその辺りであれば、きっちりやってきたのではないだろうか。

 

そんなことを考えると、特に文系総合職においては、自社の方向性や、自分への会社の期待値を踏まえた上で、何のプロを目指すかを主体的に考え、会社と交渉して教育投資を引き出すくらいのイニシアチブが求められるのではないか。

そういうことができる人材は、間違いなく組織にとって財産だし、結構な確率でお金は出してくれるような気がする。

 

もちろん、独りよがりなスキルアップを画策しても、会社としては微妙だし、一方で会社がキャリアプランを提示してくれるのを待っているだけでは、永遠にキャリアップのチャンスは巡ってこないのだと思う。

だってきょうび、その会社自身が未来を描けずに思考錯誤しているのだから。

 

財産かコストか、経営側だけでなく、働く側にもその意識が問われているのではないだろうか?

まぁ、ご参考ということで。

やらないより、やりすぎる方が危険

新年を迎え、新しいことを始めようとしている方も多いに違いない。

仕事だったり、勉強だったり、運動だったりダイエットだったり。

 

いずれも新たな習慣を身につけるということだが、何が難しいかといえば、その「塩梅」である。

あまりにも緩い取り組みだと意味がないし、かといってハードにやると続かない。

 

せっかく決意して新しいことを始めたのだから、すぐに結果が欲しいのは当然だ。

なので、頑張るのは当然なのだが、習慣化に失敗する事例の殆どが、頑張りすぎ、やりすぎによるものだと思う。

 

小生、過去に筋トレの習慣化に何度か失敗しているのだが、失敗時の原因は間違いなく「やりすぎ」である。

腕立て伏せでいうと、30回くらいがせいぜいだったのが、毎日やると5・60回はすぐに出来るようになる。

 

しかし、人間の身体というのは不思議なもので、端的にいうと、これは「腕立て伏せが上手くなった」だけで、実際のところ筋肉は数パーセント増えたかどうか、らしい。 

そこを理解せず、物足りなくなって回数や負荷を増やしていくと、だんだん嫌になったり、悪くすると怪我をしたりで、続けられなくなる。

 

振り返ると、仕事も同じではないか。

一応、この国の真っ当な勤め人は、はなから「サボろう」という人は殆どいないと思う。

 

寧ろ必要以上にパフォーマンスを発揮しようとして、頑張りすぎて「折れて」しまったり、実はもっと大事なことがあることに気付かなくなってしまったりする方が、圧倒的に多いのではないだろうか。

いずれにしても、「やりすぎ注意」。

 

少し余力を残すくらいで過ごしたいものである。

自戒を込めて。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

 

「Sunny(全6巻)」読了

松本大洋の漫画。

Sunny(1) (IKKI COMIX) https://www.amazon.co.jp/dp/B00MORJLAC/ref=cm_sw_r_cp_api_HAkwAb41XD1NQ

 

友人の勧めで拝読。

松本大洋作品は、「ピンポン」「竹光侍」以来、数年ぶりくらい。

 

おそらく昭和50年前後、三重県と思われる場所にある「星の子学園」という児童養護施設を舞台にした(主に子供の)人間模様。

児童養護施設は個人として間接的に関わっていなくもなく、リアリティを持って読むことができた。

 

ストーリーとしては大きな山はなく、淡々と日常が描かれ、登場人物の心象風景が綴られる。

著者の力量が遺憾なく発揮された、漫画だから出来る心理表現は、さすがだと思う。

 

なので「面白い、面白くない」という二元論で論じられるべき作品ではなく、娯楽要素という意味では、先の二作品の方が優れているだろうと思う。

とは言え、人としてどうあるのか、また親としてどうあるのか、まだ見ぬ未来とどう向き合い、日々をどう生きていくのか、そんなことを、ふっと振り返させられ、それ故に日常の大事さを意識させられたように感じた。

 

ともすれば、目の前の仕事と、その周囲3メートルで頭がいっぱいになりそうな人ほど、読んだ方がいい作品かもしれない。

あっ、だから小生はレコメンドされたのか?(笑)。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

凡人に非凡なことをさせる

http://www.soumunomori.com/column/article/atc-168232/

かの有名な、ドラッカーさんの格言だそうである。

 

凡人に非凡なことを出来るようにするのが、組織の存在意義ということで、いやほんと仰る通りである。

ちなみに、昨日アップした江副浩正氏の評伝で、彼が強い影響を受けた言葉としても引き合いに出され、以降のリクルートの組織論に展開された様である。

 

とは言え、小生も色々な会社を見てきて感じるのだが、完成されたビジネスを持つ会社であるほど、凡人が非凡なことを成し遂げ易いとは思う。

一方で、それはビジネスモデルや組織の力であって、それが行き過ぎると、その凡人はビジネスモデルを回すだけの「凡人以下」に堕落してしまうリスクがある。

 

一方のリクルートでは昔から、「個の尊重」ということも大事にするされてきた。

組織力と「個の尊重」、なんとなく矛盾を感じる。

 

しかしそれは、組織の力で、凡人に非凡な「成果」を達成させながらも、凡人が非凡に「成長する」支援もする、そういったことを、江副氏は期待していて、組織や制度を作っていったのかなと、ふと思った次第。

 

まぁ、ご参考ということで。