人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

忖度上等

別に今年一年を振り返るつもりはないのだが、「忖度」というワードは社会の多くの耳目を集めた。

大企業のネタだったということもあるが、それだけみんな心当たりがあった、ということでもあろう。

 

あの企業の「忖度」は、言外の意味を読むことで、責任の所在を曖昧にするというエゲツない仕組み(結局断罪されたようなものだが)。

また、上司の明確な指示無しに現場が動くという、極めて日本的な話でもある(きっと海外の人からすれば、そんな組織は恐ろしくてたまらないに違いない)。

 

しかし、こと営業の場面においては、忖度はどんどんするべきだと思う。

むしろ忖度のできない営業は、競争の中で勝ち残れないのではなかろうか。

 

決まった商品を、決まった価格、決まった納期で納めるなんていう世界は、もはや営業が介在することは無くなってきている筈だ。

如何に顧客のニーズを先回りし、期待を上回る提案ができてナンボに、世界は突入している。

 

そんな世界にあっては、顧客に答えを求めても、当の顧客が「何がしたいか」なんてわかっていないし、ましてや顧客から要望が出てくるのを待っても、永遠に話が進むことはない。

待ちの姿勢では、「次の機会」なんて絶対に訪れないのだ。

 

我々のビジネス環境は、もう20年以上前から、そんな状況にある。

なので、如何に深く顧客や、顧客を取り巻く環境を理解し、顧客自身ですら認識していなかったビジョンを提示出来るか。

 

そんな高度な忖度が出来なければ、今後ますます、我々人類の居場所は無くなっていくのだと思う。

まぁ、ご参考ということで。

本日の更新はお休みします

所用により本日は更新をお休みします。

また月曜日再開します。

 

皆様良い週末を。

一度実験してみたい残業時間削減の話

これはいつもお世話になっている友人のTさんから教わった話。

昨今、「働き方改革」の名のもとに、単なる残業時間削減の話題が尽きないが、残業を削減するには、業務の見直しを始めとする不断の(普段の、でもある)努力が必要だし、残業代を稼ぎたいという負のインセンティブもあり、なかなか上手くいかないというのが実情だ。

 

とはいえ製造業の世界では、ずっとその取り組みをしてきていて、Tさんは製造ライン改革のコンサルティングを行っていた時に、ある方法で、実績を作ったそうである。

具体的には下記の通り。

 

1.まず製造ラインの人員をA班B班の二つに分ける

2.A班は月水金定時退社&火木土は残業し放題、B班は火木土定時退社&月水金残業し放題というルールにする

 

で、そうすると、「残業し放題」といっても、人間は2日分も残業出来ないので、残業し放題の人間も大きく残業することはできず、一人あたりの総残業時間は従来ほどにはならない。

もう一つは、常に半分の人員は定時退社しているので、制度導入の瞬間から全体で見た残業時間は半分になり、既に経営上のインパクトは大きい。

 

残業が完全禁止とわけではないので、残業代で稼ぎたいという負のインセンティブは、一応満たしてあげる事もできる。

そして、週の半分定時退社していると、体が定時退社に慣れていくし、職場の半分もの人員が定時退社している中で、残りの半分が残業していると、だんだん惨めになっていくので、業務の効率化を進めながら、全体として定時退社に「寄っていく」そうである。

 

いかがだろう。

工場のラインの話ではあるが、ホワイトカラーのチーム運用でも、できそうではないだろうか?

 

課長さんあたりが陣頭指揮を取って頂き、課員の半分は月水金定時退社、残り半分は火水木定時退社にして、総残業時間がどうなるか、どなたか実験してもらえないだろうか?(ちょっと無茶なら月水定時退社と火木定時退社でもいい)

明日にでも出来る取り組みなので、実際やってみて、どんな感じか教えてほしいものである。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

目的と手段

人生では時々「手段が目的化する」場面に遭遇することがある。

健康維持が目的なのに、ひたすらトレーニングを積んで怪我をするとか、お金を稼ぐ目的のはずが、会社に住んでしまっているとか。

 

自分を見失ってしまっているので、それはそれで冷静にならなければならないが、目的化した手段というのは往々にして、そもそもの目的も達成できなくなることが多いので、二重の意味で注意が必要だ。

小生の様に、コンサルティングを業とする人間は特に、誰よりも冷静であるべきだと思う。

 

ところで、最近ちょっと変わった事例に遭遇した。

新規事業の相談だったのだが、実現したいビジョンはあるものの、どう組み立てるか、という内容。

 

お話をお聞きしていて、実現したいビジョンは共感できるが、ちょっと壮大なので、実現方法が課題のご様子。

いわば、目的ははっきりしているが、手段が曖昧な状態。

なので、実現の道筋をいくつか議論し、「こういう手順で組み立ててはいかがか」という提案をさせていただいた。

しかし小生の力不足で、あまりご納得いただけない様子。

 

最初の一歩のカタチを引き合いに、「私は別にそれがやりたいわけじゃない」と。

小生も、「えぇ、だからそれは手段であって、もちろん目的ではないですよね」と。

 

「いやでも私はこれを実現したいのであって…」となる。

ほんと力不足を申し訳無く思うが、一方で、これは「目的の手段化」とでも表現すべき事態なのかな、と思ったり。

 

目的達成にこだわるあまり、それが手段にまで侵食してしまうというか。

結局そうなると立ち上げられなくて、目的も達成できなくなるのだが。

 

いずれにしても、目的と手段の整理というのは、難しいものである。

自戒を込めて。

 

まぁ、ご参考ということで。

今ある武器で戦え

今時の素敵な学生さんに、キャリアについて偉そうに語ってしまった。

おじさん臭くて(おじさんだけど)少々反省である。

 

一応、本人の為にと思って真剣に語ったけど、鬱陶しいおじさんは大抵、相手の為に一生懸命だったりする。

それはともかく。

 

学生さんは、「就職活動の時期なんだけれど、自分にはまだ足らないところが沢山あって、横並びで就職活動をするよりも、何か自分の力になることをするべきなんじゃないか」と言う。

おじさんは、「それは違うと思う」と言う。

 

「自分の足りないところを埋めていたら、一生かかっても終わらない。所詮人間は不完全なものだし、完全を目指しても、戦いの機会はこちらの都合を考えてくれない。常に武器を磨いておくことは大事だが、戦うべき時は、今ある武器で戦うしかない。戦うべき時を先送りして、手許の武器を増やしても、なんの解決にもならない。武器のコレクターになるな。本当に優秀な奴は、敷かれたレールの上でも、突然のタイミングでも自分の色を出すんだぞ。」

別に今の就職活動の在り方が素晴らしいとは思っていない。

 

だが、安直に「自分探し」に走るのも違うと思う。

大卒の就職活動(及びその後の会社員キャリア)というのは、大抵の人にとって、特にはっきりやりたいことが決まっていない人にとって、もっとも「ローリスク、ハイリターン」なはず。

 

そこを理解できず、あれこれ言って逃げるのは、既に勝負勘がよろしくない。

もちろん、本当にやりたいことがある人は、それに邁進すれば良いのだから、就職活動なんてしなくて良い。

 

若いうちはリカバリーが効くのだから、どんどん戦えば良いのである。

それで死ぬようなことはないのだし。

 

おじさんに説教された若者に幸多からんことを。

まぁ、ご参考ということで。

 

責任を感じるのもほどほどに

組織で新しいチャレンジに取り組めば、思い通りにいかないことは日常茶飯事である。

それを、いかに前に進めるか、弛まぬ努力を続けることは、もちろん素晴らしいことだ。

 

しかし、自分の努力が足りずに上手くいかないこともあるだろう。

当然、振り返り、反省すべきところは反省し、次に繋げることは重要。

 

ただし、いつまでも反省し続けるのも、如何なものか、とも思う。

組織人として活動している以上、自分が全てを決められるわけではないので、権限のある人間に「預け」、それで「ノー」であれば、基本的には難しい(それでもしつこく粘る、というアクションは当然あるとしても)。

 

それまでのプロセスで、「仲間」を増やすことができれば、最終的に思い通りにならなかったとしても、「企画」としては小さな成功を収めたとも言えるし、そうなれば何処かでまたチャンスが巡ってくるかもしれない。

小生の諦めが良すぎるのかも知らないが、あまり自分を責め続けても、いいことは何もないと思うし、何より過去の失敗に埋もれ、次のチャレンジを躊躇してしまうようでは、まったくもって新しいチャレンジの意味がなくなってしまうからだ。

 

意志のあるところに機会は訪れる。

まぁ、ご参考ということで。

 

ニーズを置き換え、拡大させる

イノベーションの議論の中で、よく出てくる話として、どんな事例も、全くの新しいニーズを生み出したケースというのは殆どなくて、実際にはすでに存在した「何かのニーズ」を置き換えたものだ、というものがある。

曰く、自動車は馬車の置き換えであり、電話は手紙の置き換えであり、スマートフォンはケータイとパソコンの置き換えである。

 

まさにその通りだと思うのだが、個人的な見解を付け加えると、「(その時のテクノロジーを活用して)爆発的に拡大させる」というのを付け加えたい。

つまり、「何かのニーズを置き換え、爆発的に拡大させる」である。

 

新しい事業やサービスを考える道筋として、「何のニーズを置き換えるのか?」「今の技術や方法で、それを爆発的に拡大させるやり方はないか?」を考えるのは、とても有効だと思う。

今日、クライアントとディスカッションしていて、個人的にハッと気づかされたことがある。

 

スマホの「ToDoリストアプリ」をなぜ使わないのか、という話をしていたのだが、個人的な回答は、「ToDoは全てカレンダーに入れ込んでしまうので、わざわざアプリを開いて見ない」というものだった。

しかし、視点を変えてみると、スマホのToDoリストアプリというのは、紙の手帳のToDoリストと機能的に全く変わらない。

 

紙の手帳であれば、カレンダーに入れ込むのは大変だから、単体のリストが存在する意味がある(実際、小生も紙の手帳を使っていた時は利用していた)。

しかしスマホになると、果たして紙の手帳時代の機能のままで正しいのか、という話。

 

むしろスマホだから出来る機能、ログデータとか、ウェブ情報とか、ソーシャルとか、そういうものを実装してもいいはず。

それが正しいかはさておき、いずれにしても、爆発させる要素が存在していないのだな、と気づかされた次第。

 

「何かのニーズを置き換え、爆発的に拡大させる」

まぁ、ご参考ということで。