人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

会社にとっての意義

新規事業開発をお手伝いしていて、起案者が一番引っかかりやすいのが、ここではないかと最近感じている。

つまりその新規事業を会社でやる意義、意味合いであり、違う言い方をすれば、「なぜやるのか?」ということである。

 

新規事業というのは、起案者の意志、市場のニーズ、会社の方向性、の三者のバランスの上に成り立つ、とは昔から言われることだが、起案者にとって一番わかりにくいのが、会社の方向性、すなわち会社にとっての意義は何か、ということではないかと思う。

例を出そう。

 

ある起案者が、カレーショップチェーンで新業態開発をしていたとする。

もともとラーメンが好きで詳しく、昨今のラーメンブームによって、拡大する外国人観光客も日本でラーメンを食べるようになっているし、試作品も好評だ。

 

自分の意志にも叶い、市場ニーズの手応えも得られたので、自信を持って会社に提案する。

しかし会社のリアクションは、「ずっとカレー屋をやって来た我々が、なぜラーメンをやるの?」「それで実際勝てるの?」というもの。

 

自分としては、市場の手応えもあり、意義もあると思っているのに、理解してもらえない。

こういう話、たくさん経験している。

 

自分たちがカレー屋だと思っている人達にとっては、どんなに有望だと説得されても、ラーメン屋をやる意味がわからない。

説明を受けても、寧ろ無理なんじゃないかと思ってしまう。

 

ここで重要なのは、新しい提案が、文字通り会社にとってどんな意味があるのかを考え、共感してもらうことである。

「日本を前提にすれば、マーケットは縮小するし、単品では飽きられてしまうので、カレーだけでは生きていけないのは自明。」

 

「そこで、拡大するインバウンドマーケットを捉えるには、彼らに人気のラーメンである必要があり、それはまだ拡大中の市場でなんとか乗り込めそうなタイミング。」

「既存のオペレーションとは齟齬があるものの、バリエーションを持つことによって不確実な市場動向に適応する力を身に付け、安定したポートフォリオ経営に移行する第一歩になりうる。」

 

完璧とはいえないし、これで説得できるともいえないが、この観点での見解が、「会社にとっての意義」である。

この観点を持ち得れば、「いや、同じ目的を実現するのなら、スイーツ業態の方が正しい選択である」といった新たな発想を得ることもできるし、それを踏まえてラーメン業態のアイデアをブラッシュアップすることもできるのだ。

 

会社にとっての意義というのは、ある意味会社を顧客とした時の「顧客目線」を持ち得ているか、ということを問われていると思う。

簡単ではないかもしれないが、よく考えてみていただきたい。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

 

会社の常識、社会の非常識

タイトルを考えてググったら出てきた記事のリンクを貼っておく。

http://diamond.jp/articles/-/117854

 

小生が新卒で入社した銀行では、社内でも「銀行の常識は社会の非常識なんだ」と自嘲気味に語る人がまぁまぁ居た。

実際そうだと思っていたけれど、殆どが理由があって「非常識」であり、説明すれば社外の方にもわかっていただけることも多かった。

 

もちろん説明のつかない非常識もあったけれど。

転職したことがない人は、会社の常識について、それが常識化していることすら気付かないことが多い。

 

転職した人は、前の会社と新しい会社の常識に戸惑い、時にトラブルの火種になることもある。

トラブルの火種になるのは、転職した人も受け入れた側も、それぞれの常識が正しいと信じて疑わないからだ。

 

それくらい常識とは強固で見えないもの。

新規事業のお手伝いをしていると、最初は社外の目線、すなわちその会社にとっての非常識な視点を持ち得るのだけれど、だんだんその会社の人達と同じ目線になって来てしまう。

 

これは良い面悪い面があって、良い面は、その会社の常識が見えてくるので「通りやすい提案」が構築しやすくなるのだ。

悪い面はご推察の通り、発想が乏しくなっていくということ。

 

そこで我々は、ツールを使う。

わりと「枯れた」戦略フレームワークを使うこともあるし、最近はこんなのをよく使う。

https://www.amazon.co.jp/ビジネスモデル-ナビゲーター-オリヴァー-ガスマン/dp/4798146889/ref=oosr

 

これも結局フレームワークなのだけれど、普段とは違う型、すなわち他社の常識や社会の常識にはめ込んで、発想の飛躍を計る。

これは結構有効で、社会の常識を援用して、会社の非常識を作るのだ。

 

とは言え、会社の常識は社会の非常識という自己認識がないと、そもそもそれすらできないんだけれどね。

まぁ、ご参考ということで。

 

 

「どんなヒトが活躍していますか?」

新卒でも中途でも、面接の場面では大体最後の方に、「何かご質問は?」というやり取りがある。

そんな時に、是非聞いてみたら良いと思うのが「どんなヒトが活躍していますか?」という質問である。

 

活躍している人の具体例を聞くことで、自分がその会社で上手くやれるか、という擦り合わせをするのだ。

経歴で答えてくれる会社もあれば、キャラクターで答える会社もあるし、意外と上手く答えられない会社もあったりして、そんなところからも、その企業が働く人の何処を見ているのか、ということが窺い知れたりもする。

 

実際この質問をして険悪な雰囲気になることはまず無いし、回答を受けて気の利いたリアクションもしなくて良い(「ありがとうございます」と答えれば済む)ので、ほぼノーリスクでいろんなことがわかるハイリターンな質問と言えるだろう。

採用のウェブサイトやエージェント経由で伝え聞く、「求める人物像」というのは、たいてい理想像だったり、総花的なイメージでしかなかったり、ひどい時は勘違いだったりする。

 

これ、別に悪気があるわけではなく、ニーズを聞かれて正確に答えられる人はほぼ居ないからだ。

以前も書いたが「理想のタイプ」として語った人物像と、実際付き合っている人が違う、というアレである。

 

新規事業開発の顧客インタビューでは、「フィードバックを求めるな。購買体験を聞け」と申し上げているが、面接の質疑でも同じだと思う。

人材エージェントのマネージャー時代は、メンバーに「どんなヒトが活躍してるかを聞いてこい」という話をしていた。

 

会社によってカルチャーはてんでんばらばらなので、それを確かめる、とても大事な質問だと思う。

まぁ、ご参考ということで。

細部で全体は構築できないが、細部から全体は崩壊するかもしれない、という話(Amazonデリバリープロバイダーに寄せて)

皆さんはこの話題をご存知だろうか?

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/1068372.html

 

通販大手のAmazonが、物流を地域の小規模事業者に委託し、配送トラブルになっている話。

個人的な話で恐縮だが、小生もこのトラブルに巻き込まれたところである。

 

期日までに届かず、在宅していたはずなのにAmazonから不在連絡があり、にもかかわらず不在票も入っていないし、宅配ボックスにも入れてくれない。

そして届けに来たのは、家人曰く「事前に聞いていなければ居留守を使うレベル」の風態・対応だったそうである。

 

これは率直に申し上げて、Amazonの利用を控えようか、という体験である。

・もともと、ヤマトの現場の逼迫ぶりを耳にして、やたらに買うのも申し訳ないなと感じていた

・便利だから利用していたが、代替手段が無いわけではない

・家に大事な家族を置いて来ていて、自分の留守中に良く分からない人間が訪ねてくる状況は不安

・そう思うと余計なものを買い過ぎていた気もするので、浪費防止になるんじゃないか?

となると、小生のAmazon利用熱は急速に萎んでいる。

 

物流という、ECの中では、細部でしかない機能に、全体がひっくり返されようとしている瞬間である。

細部という表現は、物流事業者の皆様には失礼な表現であることをあらかじめお詫びするが、EC事業者の観点からすれば、いきなり自社物流を作り上げることだったり、配達時のUXを上げるところから入ったりは一般的にしないので、全体の中の一部と捉えるのが通常だろうと思う。

 

EC事業を新規に立ち上げようと思った時に、「まず物流は自社で!!」という人はいないし、小生も「ディテールより、誰に何を提供するのかを議論しましょう」と全体観の方へ議論をリードする。

現実として、ディテールを幾ら積み上げても、全体は見えてこないのは、経験上確かだと思っている。

 

しかし、崩壊するときはディテールでも崩壊しうる。

つくづく、全体と細部の設計は難しいなと考えさせられた次第。

 

まぁ、ご参考ということで。

 

無駄を削るコツ

小生は仕事カバンを吟味するのが好きである。

モノに拘りがあるというより、より快適に仕事ができる道具を追求するというイメージである。

 

今の仕事では、PC及び周辺機器をはじめとする商売道具をフル装備で、朝の8時から7アポで2万歩の直行直帰、なんていうのも、ちょこちょこある。

そうなると、スーツ姿で異論はあるものの、仕事カバンはリュックタイプにせざるを得ない。

 

寧ろリュックで移動するから、それだけの活動をこなせるような気もしている。

しかしリュックというのは楽であるものの、使い続けると問題が発生する。

 

それは、気がついたらカバンがどんどん重くなるのだ。

量が入るし、負荷も大きくないので、あれもこれもと詰め込んでいくと、知らぬ間に無駄なものが一定のスペースを占めるようになっていく。

 

無駄が多いという事態は、これはまさに、ビジネスで最も避けるべき事態だ。

そんな時に、持ち歩いている荷物の見直しをするのは当然だが、本来的には無駄なものが入らないスペースのカバンにサイズダウンするのが正しい。

 

だって、定期的な見直しそのものが無駄だからだ。

ビジネスのいろいろな場面で、無駄の削減はよく求められるのだが、どんな活動・取り組みで削減するかではなく、無駄が出ないよう、「余白」を削るのが本筋。

 

余白があれば、気をつけていても、自然と無駄が発生するのである。

一応申し上げておくが、ワンサイズ小さいリュックを買う言い訳を述べているわけではない(笑)。

 

まぁ、ご参考ということで。

道具を持っているのと、使いこなせるのは違う

コンサルタントなんていう肩書きで仕事をしていると、流れ上(?)「それっぽい」話を求められる機会が時々ある。

戦略のフレームワークとか、各種カタカナ系ビジネスワードとか。

 

若い頃、陰鬱な意識高い系(笑)だった小生は、ビジネス系の書籍を、それこそ漫画から論文に至るまでかたっぱしから読んだので、知識としてはまぁまぁ理解していた方だと思う。

しかし、実際にそれを使ってビジネスをする立場になると、よく使うフレームワークや概念も自ずと絞られていくし、使っていくうちに、それらの本当の凄さを、理解していくことになる。

 

「本当の凄さ」というのは、その凄さの解説だけで、小一時間のワークショップが運営できるくらいの深みがある。

そういう本当の凄さを理解している道具を、実際の武器として持てているか。

 

それが「使いこなす」ということなんだろうな、と思っている。

上っ面の理解だけの人間を批判したいわけではないのだが、比較的手垢のついたフレームワークや概念は、その本当の凄さを理解した時に、真の価値を理解することができる。

 

まずはたくさん実戦で使ってみること、なんだけどね。

まぁ、ご参考ということで。

 

 

 

危機感を持つ

はっきり言ってしまうが、結果に直結しない、本質から離れた作業を延々続けられる日本企業は、仕事のやり方を根本的に改められれば、再び世界一を狙えるんじゃ無いかと思う。

過去に、会社がいつ潰れるか、なんていう経験をした立場からすると(それとてたかだかサラリーマンとして、でしか無いが)、まだまだ余裕があるのだなと。

 

日々勿体無いなと思うのだが、そんな組織で働く個人も、批判や対外活動にやり甲斐を見出すだけでなく、この有り余るポテンシャルを、どうやって有効活用するのか、企ててみても良いのではなかろうか。

大事な一歩は、ちゃんと危機感を持つこと。

 

単なる現状否定や不満の裏返しではなく、将来予測を元に、「健全な」危機感を持ち、有志と共有する。

そのためのアクションを、如何に密かに、着実に形にしていくか。

 

何度か言及しているが、冨山和彦氏の言葉に、「危機的な会社ほど危機感が無い」というのがある。

これは本当(経験者は語る)。

 

会社が潰れそうになっても、修羅場は来ない。

脱力感が蔓延するだけ。

 

むしろ修羅場だったらこっちも燃えるのに、ってくらいだ。

素晴らしい経営をしている会社にお話を伺うと、大成功している現状に全く満足していないし、将来のリスクとチャンスに備えて、着々といろんなことに手を打っているものである。

 

優良企業ですらそうなのだから、いま状態が良かろうが、悪かろうが、危機感を持てない会社はどのみち危機に陥る。

そして危機に陥っても、脱力したまま消えていくのだ。

 

危機感というのは、持とうとしなければ、永遠に現れないものなのである。

あの脱力感、二度と味わいたくないものである。

 

まぁ、ご参考ということで。