人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

「なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか」 読了 〜分断の自己生成に立ち向かえるのか〜

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タイトルからして衝撃的である。

トランプ政権誕生から4年、社会の分断を危惧する声は大きく、また日本とて例外ではなく、興味を持って読んだ次第。

 

著者はアメリカの選挙現場での経験もある、政治(というより選挙)の世界に身を置く人のようだ。

日米双方の現場経験を踏まえ、社会に分断をもたらす構造と個人にもできる対処策(残念ながら個人レベルでしか対処できないようだ)を述べている。

 

先にネガティブな感想を書いておくと、本書中盤の仮想通貨に関する記述は、確かに社会を激変させる要素ではあるものの、本書全体の主張とのつながりが見えにくく、余分な一節だったのではないかと感じた。

それは置いておくとして、非常に説得力がある、それでいて背筋が寒くなるような論証であった。

 

主に思想的にリベラルなサイドから、「社会には権利を尊重されるべきこんな人たちがいる」という(新たな)問題提起がなされる。

これは選挙上の争点を生み出し、敵味方に分断する政治的なマーケティング戦略である(「郵政民営化に是が非か」というアレを思い出してもらえれば良い)。

 

裏側には、学術論文を作り続けるために新たな問題、「守られるべき人」たちを(若干語弊はあるが)生み出すアカデミー領域、そしてそれらを煽るメディアの構造がある。

そうやって新たなカテゴリーがどんどん生み出され、カテゴライズされた方も自己の権利を守りたいし、という形で社会が細切れにされていく。

 

保守の側からも、愛国的であるか否か、という形で分断を働きかける力学が働くので、リベラルだけ悪いわけではない。

そういう構造を踏まえて著者は、冷静に個人の思想信条を振り返ることを推奨する。

 

例え細かに属性をカテゴライズされたとしても、全ての政治信条が同一になるわけはないのだから、冷静になれ、ということだ。

例えば自身が性的マイノリティで、故にリベラルな政党を支持したい気持ちがあったとしても、大きな政府が小さな政府かといった論点まで引きずられる必要はない。

 

それぞれの論点について、それぞれその人なりの信条があってよく、そういったことの総合判断で臨めばよい。

せっかく多様性を認めようという流れにもかかわらず、かえってステレオタイプに嵌め込まれれば、それは分断となってしまうのだ。

 

いやほんと、ドキりとする一冊であった。

まぁ、ご参考ということで。