まずはリンク。
金融機関に身を置いた人間であれば、江戸時代の大阪に、当時世界に先駆けた商品先物市場が存在していたことは、知っているのではないだろうか。
たまたま講談社の電子書籍セールで発見し、なおかつレビューも極めて高かったため、拝読した次第。
本書は、経済学史を専門とする著者による、江戸時代の米の先物市場の歴史と概要、及び、折々の出来事に政府である江戸幕府がどのように対応(介入)しようとしたか、という分析をまとめたものである。
一応新書の程をなしているが、文体が平易なだけで、ボリュームと議論の深さは研究書と呼んでいいレベルなのではないか(そういう意味では十分な読み応えである)。
いきなり脱線した感想から入って恐縮なのだが、よくもまぁ、こんなにデータが揃っているな、というのが第一印象。
300年以上前の、封建制度時代の金融取引の記録が、研究の材料足りうるレベルで克明に残っているというのが、単純に驚きなのである。
価格データ、政府筋や市場関係者の証言、取引を支えるインフラ関係者(相場情報を伝える飛脚等)の記録や、当時の風景を記録した絵画に至るまで、なんでもある。
いやほんと、お江戸泰平は凄い時代である。
当時の米の先物市場がどんなものであったかについては、是非本書及び著者による他の書籍を当たっていただきたいが、仕組みとしては現在とほぼ変わらない、完成されたものがあったと思ってもらって差し支えない。
「あぁ、アレがもうあったのか」と感心するのだが、その「アレ」は、当時開発された概念がそのまま現在に活かされているので、感心するという「上から目線」が間違っている、という不思議な感覚を覚える。
つくづく考えさせられるのは、江戸が終わり近代化が始まる際に、当時の日本国民は、この米市場も含め、江戸期の文化は丸ごと時代遅れとして切り捨ててしまったこと。
この国の人は、大きな変化の度にこういうことを繰り返していて、ちょっと嫌になる(故に、江戸期の先物市場については、ユダヤ人による「外からの」評価が先にあったと思われる)。
もう一つは、著者が末尾で指摘していたが、江戸幕府の金融市場に対するスタンスである。
金融市場は(金儲けの場として)尊重されるべきではあるが、実体としての米価に悪影響を及ぼしてはならない、というスタンスを通しているのだ(実行力を持って徹底できていたかは別として)。
本書でも、コンサートチケットの二次流通が引き合いに出されているけれども、自由経済として転売市場が発生するのはもちろん構わないとしても、本当にコンサートに行きたいと思っている人が、買えない金額までに釣り上げるのは問題なのではないか、ということだ。
簡単な話ではないと思うが、江戸期の米市場は、奥の深いテーマを提示してくれているのである。
いやいや、歴史に学ぶところは多い。
まぁ、ご参考ということで。