人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

駄目なら駄目と言うのも優しさのひとつ

なんというか、世の中色々と「優しい」人が増えてきているような気がする。

はっきりしたことを言うと、パワハラといわれるのではとか、不確実な時代の中で断定的な物言いもしにくい、という迷いだったり、あくまで発言した本人の自主性を尊重したい、という配慮もあったりするのだと思う。

 

しかし、立場のある人間が、部下に対してそのような配慮をしてしまうのは、時として害悪しか産まないのではないかと感じることもある。

部下になるような若い人間は、往々にして「生き急いで」いて、結果を渇望していることが多い。

 

そんな人間に、あえて判断を迷わせるような示唆をしてしまうと、混乱して大きなストレスになってしまう。

寧ろ明快に指示を出し、結果については上司が責任を負う格好か、やり方はほぼ任せて、本人への結果責任を問う、という状況の方が、嬉々として業務に邁進し、結果につながり、創意工夫の詰まった仕事になるのではないだろうか。

 

そのあり方の一つが、駄目な行い、アイデアに対して、はっきり駄目出しをしてしまう、ということでもあると考えている。

「もう少し深掘りしてみては?」「違う可能性も検討してみたら?」というツッコミは、優しいようで本人はかなり迷う。

 

本人も確信が持てず、「捨てるか」「残すか」という逡巡を繰り広げている中で、「もっと迷え」と言っているに等しい。

なので極端だが、「全然ダメ。金の匂いがしない。文句があるなら違うアイデアを持ってこい。」と言って、本人の迷いを断ち切ってあげるのも、マネジメントの大事な仕事だと思うのだ。

 

本当に可能性があるのなら、断ち切ってもどこかで復活するし、ダメなら所詮それまででしかない。

駄目なら駄目と言う、勇気が必要だが、その相手のために大事なアクション。

 

まぁ、ご参考ということで。