人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

社会の責任にしない

最近いろいろとネットメディアで記事を読んでいて、日本の社会課題、特に働き方等に対する課題をテーマにしたものを目にすることが多くなった気がする(そういう記事を選んで読んでいるから、というところもあると思うが)。

記事としては「課題山積」感を醸してくるわけなのだが、「それって結局は個人の問題なんじゃないの?」と感じることも多くなった気がする。

 

例えば今日もこんな記事を目にした。

www.businessinsider.jp

 

詳しいところは本文を読んで頂くとして、仕事に自信が持てないとか、家族との絆が弱いという意識に対して、「政府や企業は何をすべきか?」って、「それは政府や企業の役割なんでしたっけ?」と思うのである。

この辺に突っ込んでいくと、正義論や、大きな政府vs小さな政府みたいな話にまで広がっていくので、簡単なテーマではないとは自覚しているし、最終的には個人の問題だよね、と割り切ってしまえば、それこそ問題を放置しているのと変わりがないので、そこまで言い切るつもりはない。

 

一方で、個人の問題(と思われるもの)を、社会の問題であるかのように議論することも、間違った前提に間違った答えのセットになると思うのである。

引用した記事のような国際比較のアンケートは、色々バイアスがかかりまくっているので、素直に内容を信じてよいのか微妙だと思うのだが、本記事についての印象としては、個人的にはスルーで良いと思った。

 

仕事に対する自信が無いとか、成功するために必要なのは「運」と考える思考なんていうのは、「甘え」でしかないし、環境に甘える人間に対して、政府や企業が何か手を打ったら、ますます甘えるだけでしかないと思う。

自分に甘えを許さない真っ当な職業人は沢山いるのだし、結局はそういう人たちを中心に世の中は回っているんじゃないかとも思うし。

 

ましてや、プライベートも含めた人生の充実感を、社会に求めるのはお門違いも甚だしいのではないか。

唯一日本人を擁護するとすれば、とにかく周りと同じように努力すれば、ほぼ人並みの幸せが得られた戦後の数十年が存在してしまったがために、あるとき突然「自己責任」を言い渡されて戸惑っているところはあると思う。

 

それとて、小生が社会人デビューした21年前には、とっくに「自己責任」だったとはずで、「まだそれ言い続けますか」という気がしなくもないのが小生の本音ではある。

なんだかねー。

 

まぁ、ご参考ということで。