人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

社会の兵站が伸びる

前々から何となく懸念していて、さりとてそれに答えを持っているわけではない話なのだが。

社会が発展していくプロセスで、貧富の差が広がったり、リテラシーの格差が広がったり、興味のカテゴリーが拡散していったり、ということが、必然的に置きていくのではないかと思っている。

 

ここ10年位は特に顕著で、貧富の差はどちらかと言うと貧困層の拡大で広がっているし、リテラシーの方は、情報リテラシーとITリテラシーの分野で極端に開いているような気がする。

歳が10歳離れただけで、普段目にするメディアも、インターフェイスもぜんぜん違う。

 

過去の歴史(世界史レベルのスパン)を振り返ると、「爛熟」という表現もあるが、たいてい「爛熟」の次に来るのは、大きな社会変化だ。

その「爛熟」の状態を、小生のイメージでは「社会の兵站が伸びる」という風に捉えている。

 

兵站というのは、元々は戦時の後方支援全般を差すのだけれど、物資の補給が途絶えると戦闘は継続できないので、戦線の展開と兵站はセットで運用しなければならない。

しかし、戦線の拡大に兵站が追いつかなくなると、「伸びる」という状態になり、部隊は脆く崩れやすくなる(というか普通負ける)。

 

つまり、「社会の兵站が伸びた」状態というのは、色々なところに戦線が拡大し、社会全体が脆くなっている状態をイメージしている。

興味のカテゴリーが広がっているだけであれば、ある種ダイバーシティとして、ポジティブな働きも期待できるが、貧富の差やリテラシーの差は、社会的な断絶を生んでしまうことが多いだろう。

 

そうなると、耳障りの良い極端な主義主張が横行し、地滑り的な動きや、揺り戻しが、多く発生するのでは無いだろうか。

「既にそうなっている」とお考えの向きもあるだろうが、今後増々、大きな社会変化が訪れるのではないかと考えている。

 

まぁ、ご参考ということで。