人間到る処青山あり

諸々よもやま話(とりあえず)

変化を求められるのは常に我々

女性の社会進出しかり、オープンイノベーションしかり、社会の変化を受けて、ダイバーシティを担保していく機運は日毎に高まっていると感じる。

しかし同時に、ダイバーシティを求める組織は、実際はダイバーシティなど求めていなくて、渋々模索しているのが本音なのではないか、とも思う。

 

小生自身も転職者として色々な組織を見てきたし、色々な転職経験談も聞きすぎたし、想いは複雑である。

若い人と仕事をしていて感じるのは、目の前にいる若者自体が、昔を知っている立場からすれば、「変化した社会」そのもの、ということ。

 

淘汰されてしまう「ニセモノ」も沢山居るが、未来の主役として生き延びるべきは、間違いなく彼らだし、より良い在り方を共に考えることはあっても、若者を変えようとすることは、社会の変化そのものを否定するようなもので、あまり意味がない。

そう、時代の変化(=若者)を目の前にした時に、変化しなければならないのは、時代の方ではなく、常に我々の方なのだ。

 

それが出来なければ、淘汰されていくだけだし、その若者だって、いずれ若者でなくなる時が来る。

どうも、大きな組織の偉い人を見ていると、社会の変化に対して、「よそ者」を招き入れて対処し、自分自身は全くこれまで通りに凌ごうとする向きが多いような気がする。

 

そんなこと続けていたら、いつか酷い目にあうよ、と思っている。

変化に鈍感な人だから、もうあっているのに、気付いていないだけかもしれないが。

 

まぁ、ご参考ということで。